【Annexation , otherwise Colonization】 植民地?

北京郊外 八達嶺(万里の長城)

■植民地? -Annexation , otherwise Colonization-

昨今、「日本は朝鮮半島を植民地にした」との見方がより大きく聞こえてくるようになりました。日本国内からも、何らの懐疑も呈されることなくこれに乗じて「植民地化」なる用語が一部で多投されているように感じます。

この史実に関連して、多少の記述差はあれどもおよそ真っ当な本を読めば、《 1905年『韓国ニ統監府及理事庁ヲ置クノ件』に基づき漢城(現ソウル)に統監府(のちの総督府)を設置し保護国化をはかり、1910年『韓国併合ニ関スル条約』(日韓併合条約)の締結によって大韓帝国を併合(韓国併合)、朝鮮総督府の統治下に置いた 》といった文章を見出すことが出来ます。また、国際的にも、時の英国、米国、仏国、独国、中華民国など世界の主要国がこれを認めていますから、国際法を無視したいわゆる火事場泥棒的な暴力によって違法に搾取したものではないことは容易に理解できます。この行為は当時の日本人為政者間でも賛否両論があり苦渋の選択であったことがうかがい知れますが、時の国際間情勢や風潮などから鑑みれば、時世に合った真っ当な選択ではなかったかと思います。僕の小学校でも中学、高校でも、社会・歴史の教科書や参考書には『併合』と表記されていましたから、そのまま暗記した記憶が鮮明に残っています。当時はこの『併合』と『植民地(化)』の違いなどを深堀りする時間的余裕などありませんでしたが、実際行われた統治の形態が各々大きく異なることは明白であります。

そこで近代に限ってまず、他国を植民地化した諸外国の例を見てみることにします。動機については様々なケースがあるでしょうが、その主流としては宗主国の『産業資本主義による資源収奪』のような経済行為が挙げられるのではないでしょうか。戦国期から徳川時代に日本でもお馴染み国となったポルトガルやスペイン、オランダに始まりやがてフランス、イギリス、後にはアメリカやドイツもこの競争に参画することになりました。アジアに限れば、周知のように代表的なものにはイギリスによるインド、ビルマ、フランスによるベトナム、ラオス、カンボジア、オランダによるインドネシア、アメリカによるフィリピン植民地化などの事例がありますが、各国いずれも前述した『産業資本主義による資源収奪』意図が念頭にあったことは事実でしょう。日本においてはまず、優先的課題は〝国防″にあったことは察するに余りありますが、さりとて市場を半島に求めるとの経済観念がまったくなかったと言ったら嘘になるでしょう。しかしながら、これら欧米列強と日本の統治形態において大きく異なる点は、まず日本は他国へ武力侵略して意図的に収奪を企てたわけではありません。

再言しますが、そもそもの併合統治による進出理由は国防上の使命にあるのです。引いては当時施した鉄道、道路、上下水道、工場・電力インフラ、病院、警察、郵便制度や通貨政策などの整備は、自国の利益のみならず現地近代化の原動力になったはずです。とりわけ社会政策上の義務教育化や高等教育制度の拡充は、半島地域全体の人的資源の拡大・発展に寄与しました。勿論、時の勢いに任せた驕りや高ぶりがまったくなかった訳ではないでしょう。しかしながら、当時の世界情勢をまったく顧みることなく現代の美意識のみに照らして当時の日本がまさに極悪非道の悪玉であったなどとは口が裂けても言えないのではないでしょうか。また、当時の国情をただ単に愚直かつ短絡的に批判する優等日本人は、この時代に先人達が命を懸けて築き上げ現在に至るまで蓄積されてきた貴重な遺産を土足で踏みにじることになりはしないかとの自責の念になぜ気付かないのでしょうか。インテリを自称したいのであれば、歴史に忠実に向き合いその光と影をきちんと整理して語って貰いたいと思います。総じて、当時の日本には自国の利益が第一義であったことは否定のしようはありませんが、それでも何とか日本人と半島両民全体を底上げしたいとの意志が働いていたことは疑う余地のない事実でしょう。当時の政策をひとつひとつ検証すれば明白だと思います。その意味において1910年8月から45年9月に至る大日本帝国による35年間の統治の形態は、当時の世界で標準的に行われていた一方的な搾取や露骨な人種差別とは明らかに異なる点から、やはり併合がしっくりとくる用語ではないかと思います。

これらをさらに突き詰めれば、「『併合』であれ『植民地』であれ、悪いことを行ったことは事実でしょう!」とか、「武力を背景とする恫喝がまったくなかったわけではない。また、日本人優越意識と朝鮮人蔑視が露骨にあったではないか!」などと、現代の価値や道徳観でもって当時へタイムスリップするような論調が一定数ありますが、僕にはしっくりきませんね。学術的にどちらの定義が正しいのかとの議論は専門家に任せるとしても、「植民地ではないか」と一方的かつ声高に叫ぶ者の胸中にはある種の安っぽい偽善が見え隠れしており、現代のリアリズムからは大きく欠ける発想だと思っています。

ただ、慰安婦問題の際に出てきた『狭義の強制性』や『広義云々…』議論と同じく、また論点がずれて奇抜な解釈論がありらこちらで拡散しそうですから、この辺で終わりにします。根っこはまったく同じものですからね。

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