【About Yasukuni Shrine】靖国のこと

9月の梓川

靖国のこと - About Yasukuni Shrine -

9月も終わろうとしている今、遅まきながら靖国神社について語ってみたい。実を言うと、先月15日頃には書き終えていたかったのであるが、ちょっと怠けた。なお、断っておくが、神社そのものについてではなく、ここにまつわる日本人のこころの構造について、である。
明治二年(1869年)に東京招魂社として創建され、明治十二年(1879年)靖国神社へ改称、昭和二十一年(1946年)に単立宗教法人となったとあるから、歴史的には今日、高々150年でしかない。しかしながら、近現代において、これだけ慕われ愛され続け、また、話題にのぼり、色んな意味で忌み嫌われる厄介な神社は、靖国をおいて日本全国他にはないだろうことは、説明を俟たない。祀られている英霊は、『江戸幕末以降の日本の国内外の事変・戦争等、国事に殉じた軍人、軍属等の戦没者』である。

扨て、それでは、いったい何がやっかいなのだろうか。また、誰がやっかいにしているのだろうか。
何がについて、詳細は学者や政治家などの偉い先生方に委ねるとして、一概に憲法の定める『信仰の自由』や『政教分離』、はたまた『A級戦犯(僕は、アメちゃんが勝手に定めたこの言葉は、実は使いたくはないのであるが)合祀』に纏わる部分であろう。
誰がについて、これは、ちまた『メディア』だったり『政治家』、『学者』、『法曹家』、『海外』、また、人によっては、『神社本体』だと息巻く者もいるだろう。昨今はともかく、旧財界人でここに触れたがる者は、寡聞にして知らない。

僕の思いは、いたってシンプルだ。《 放っておいてくれ、放っておいてやれ 》である。理由は簡単、この『やっかいさ』が行き着く先は、所詮は人の『心(こころ)』であったり『魂(霊、たましい)』の問題でしかないからである。心や魂…誰が強制・拘束できますか? たとえ親であっても無理である。ましてや歴史もわからん外国人が《何をか言わんや》である。人の魂に勝手に汚手で触れるな、と言うこと。
この永遠不毛の御霊の議論は、どこかでひっそりと終止符を打ってくれればと静かに願っている。
昭和の末期から平成にかけて、いや、今日にいたるまで毎年8月15日が近づくたびに、靖国参拝に訪れた国会議員等に対して、「公人ですか? 私人ですか?」「玉串料は…?」とマイクを向けるメディアの映像が定番となっている。ある著名な(元)政治家が「馬鹿なことを聞くなよ」と返す光景も慣例となったが、なぜ、このような不毛のやりとりを30年も飽きずに続けるのか。この先、いつまで続けても出口など見えるはずもないものは、やはり放っておけばよろしい。理由は、すでに書いたが、この問題の根幹が《こころ(の内)》だからである。公人はすべて『公』であらねばならない、この先入観もある意味正当ではあろうが、かりに一分の『私』があったとしても、誰も否定できるものではないし、そう目くじらを立てる程のものでもない。白黒決着をつけようと思うところに、すでに無理がある。
適当ではないかもしれないが、企業活動に置き換えてみる。まず、不毛な議論を延々と続ける会社は、やがて廃れる。何ら生産性がないからである。「臭いものには蓋」? いや、そうではない。放って置くことにより将来起こり得るリスクを想定し、これがクライシス足らないと判断すれば、敢えて結論を導き出す必要もない。放って置くか、はたまた暫定的に妥協案を採択し、あとは蓋を締めればいいではないか。

また、メディアにも問いたい。「あなたの会社の経営幹部は、公私の区別を明確につけていますか?」とね。幹部であれば公用車で移動するでしょう。移動の途中で百貨店かどこかに立ち寄って、家人の用足しを済ませることってないのであろうか? 勤務中に取材と偽って旧知(たとえば、政財界の大学友人だとか官僚だったりとか)に会って、昔話に耽ることってないのであろうか? ここであなたは、上役に対して「公人ですか、私人ですか?」などと野暮な質問をするのかな?。
単に、判らないから公私の区別を尋ねることは一向に構わない。しかしながら、もとより質問の裏にある種の悪意が隠れていたり、それを暴露させることにより回答者の思想信条に土足で踏み込んだり、立場を危うくさせたりする質問は、ご法度願いたい。僕を含み、それ相応のニュートラルな日本人は、そのような悪意ある問いの答えを、誰も期待していないのだから。むしろ、質問者および質問そのものを滑稽であるとさえ感じている。

最後に、『A級戦犯』について、個人の想いを記しておきたい。説明するまでもなく、連合国による連合国のための極東国際軍事裁判により、(一方的に)平和に対する罪で裁かれた14名(うち極刑7名)の、軍人を含む時の為政者である。ここ靖国に纏わる大半の想いは、戦火に散ってここに祀られたご遺族の意志であろう。しかしながら、14名にだってご子孫の確固たる想いがある。ある時、確かに祀られた。僕個人的には、《負ける戦争を指導し、結果、国が一時期崩壊した》との一点で、微かな不満はあるが、さりとて誰もが、この日本国をより良くしたい一念、かつ、命を賭してそう行動したであろうことは、言を俟たない。日本人の美徳として、我々は、ドイツと違って国民ひとりひとりにまったく責任(自国を衰退させた責任)がなかった訳ではない。
よ~く考え、各メディアや一部の政治家は、単に火種を焚きつけるだけではなく、腹の座った『矜持』を持ってもらいたいし、僕自身もかくあるべしと自問している。何かを恣意的に訴えたいのであればまだしも、真に国民のためを想うのであれば、逆にそっとしておいてもらいたい。不毛な議論は、この先一理もない。

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